後期ルネサンスの幻想的庭園

建築の出入口や窓を、われわれは開口部と呼ぶ。そんなの当たり前、と思われるかもしれない。だが、身体になぞらえて命名されたこの建築部位が、本当に“開口”に見えたとしたらきっと当たり前ではすまない。テーマ・パークや舞台セットなど、それらを現代商業主義の結果としてしまうと驚きは半減してしまうが、歴史を遡ってみると、われわれの常識を吹き飛ばすほどの奇妙な造形が存在する。たとえば、ボマルツォの「怪獣庭園」。ここにある「オーク」はなかなか強烈だ。「オーク」とは想像上の怪物で、ファンタジー世界における定番のキャラクターと言えばよいだろうか。J.R.R.トールキンの著名な小説『ホビットの冒険』や『指輪物語』にも登場しているくらいだ。作家によって設定は少しずつ異なるものの、たいていは悪役で、児童向けのお話では人間を食べてしまう怖いモンスターである。
車を使わずに、ボマルツォの怪物に会いに行くのはなかなかたいへんだ。ローマから電車で1時間ほど走って、バスに乗り換え、さらにまた乗り換え、最後は歩いてひたすら谷地を下る。下りきるとようやく視界が開け、緑豊かな渓谷の麓に、16世紀のファンタジー空間がひっそりとある。「オーク」は庭園内につくられた多くの奇想点景のひとつであり、その大きく開けられた口は大人がなんとか入れる(食べられる)くらいのスケールだった。口内は意外とこじんまりとした洞窟のような空間で、持ち上げられた舌?のごときベンチが一脚あるのみだ。口内でしばし一服したが、おもしろいのはやはり外観だ。
庭園は、ボマルツォの領主ピエル・フランチェスコ・オルシーニが妻ジュリア・ファルネーゼのために発注し、後期ルネサンスの建築家ピッロ・リゴーリオが設計したとされる。リゴーリオと言えば、斜面地に噴水技術を駆使したヴィラ・デステ庭園の方が名高いが、怪獣庭園はいわば現実を忘れさせてくれる物語世界の具現である。もともと「オーク」は、死界、地中、あるいは地獄といった異界の存在として語られてきた経緯がある。したがって、「オーク」の開口は、現世とあの世、地上と地中、現実と非現実を隔てる、いわば世界の境界にほかならない。
[『積算資料』2010年5月号草稿の一部を抜粋]